強迫性障害の全貌

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強迫症の妄想

妄想のある強迫性障害の人もいるし、妄想様の強迫観念もありますが、強迫観念は現実と結び付きのある思いで、統合失調症的な妄想は非現実です。

統合失調症の人が「みんなが悪口を言っている」と思う場合の「みんな」というのは、現実に存在する人ではなく、妄想や幻聴での「みんな」なのですが、本人はそれに気付いていません。

そういう病気でない人の場合、「みんなに悪く思われている」という感じになり、その「みんな」というのは、現実に存在する人達であり、その人達に悪く思われているような気がするのですが、確信ではなく「そうでもないかもしれない」という思いも持ち合わせます。
強迫症の人にそういう強迫観念が浮かぶと「みんなに良く思われている」「みんなに好かれている」と頭の中で何回も思って、嫌な考えを中和しようとすることもあります。

強迫症は、そういう病気ですから、実際(現実)のことを把握できないわけではありません。
強迫観念は、現実に沿った思いなので、実際(現実)のことを分かっているからこそ、「~かもしれない」という感じになったり、もしくは、一般と比べれば、過剰な反応や思いであることを理解しているのです。

実際(現実)と、大きくかけ離れたことを思った場合は、非現実として分かりますから、それは強迫性がないので、頭の中あったしても、そんなに気にならずに、強迫行為などでそれを抑えようとしなくても、時間が経てば忘れてしまいます。


汚染恐怖や不潔恐怖の場合、他の強迫症状とは同じようには扱えない面があり、ほぼ妄想と言えるような強迫観念にもなりえます。
何が汚れや不潔と感じ、それに対してどの程度の嫌悪感があるかなどは、個人の過去の経験で感じた感情や、感受性やストレス耐性やなどから決まります。
ある人にとっては気にならない汚れでも、強迫症の人には強い拒絶反応が出ます。

汚れたかもしれないという場合もありますが、他の人なら汚れないような物事で、実際に汚れてしまうことが多いのです。
だからこそ、洗浄して現実を変えるまでは、汚された不快感を伴う強迫観念が残り続けてしまいます。
それが目には見えない汚れだとしても、頭の中ではイメージングされていますから、見える汚れと同じような反応が出ます。
その妄想と言えるようなイメージの汚れが強迫観念で、その強迫観念が抑えられるまでは、汚れが落ちた気になりませんから、強迫観念の不快感の程度に合わせて、洗浄時間や洗浄回数なども変わります。
他人から見れば、丁度良い加減が分かっていないように思えるかもしれませんが、分からないのではなく、強迫観念の程度によって、どのぐらい強迫行為をしないといけないかが決まり、強迫観念が抑えられることになったら、本人にとっての丁度良い加減になります。
ただ、周りの現実を把握できないわけではないので、他の人ならそうならない自分だけの過剰な反応であることも理解しています。

現実はみんなにとって同じなのですが、その現実への反応や意味付けは、人それぞれで、同じ現実体験でも、どういう状況になってしまうかは、その人の心のあり方で違ってきます。

強迫観念は非現実ではなく、現実と結び付いた思いなので、妄想や幻覚を抑える薬も効きません。
強迫観念は強迫行為で抑えられますが、重症だと強迫観念や侵入思考などに、ほぼ1日中悩まされることになり、強迫行為も日常や社会での大きな障害になってしまいます。

できるだけストレスのかからない生活をするしかないのですが、とりあえず、1日の内の少しはリラックスできる環境を目指したいものです。