強迫性障害の全貌

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強迫性障害は脳機能障害なのか?/強迫性パーソナリティ障害の強迫症状

強迫性障害は脳機能に異常が見られるという話はありますが、認知行動療法などで症状が軽くなった患者は、その脳機能の異常も正常化するそうです。
ということは、その人の場合、脳機能を異常にしているのは、強迫症状であり、脳機能の異常が、強迫症状を出しているわけではないとも考えられます。
つまり、筋肉を使いすぎて傷めると内部に炎症が起こる、炎症があると筋肉が回復しにくいみたいな関係です。
強迫症状が強まれば、脳機能の異常も強まり、脳機能の異常が強まることで、強迫症状が治し難くなってしまう、それでそういうタイプの人には、強迫行為を減らして、脳機能の異常を落ち着け、軽症化していくという治療が行われているわけです。

ただし、それで治せるのは、ある程度待っていれば強迫観念が自然に弱まる人とか、協力者がいれば、不安や恐怖が抑えられる人に限ります。
本来、強迫観念というのは、普通の人の心配事や恐怖観念と違って、時間が経っても消えないので、強迫観念と言うわけですから、ある程度待っていれば強迫観念が自然に治まるというのは、一般の人にも起こり得る強迫観念に近い軽い強迫観念なのです。
障害としての病的な強迫観念は、自分の意志とか心掛けとか、協力者による治療的助言とかそういったことに関わらずに浮かんでしまうもので、強迫観念自体に治療抵抗性の性質がありますから、実際には治らない人は大勢います。

治らない原因としては、強迫症状が何十年も続くと、脳機能の異常が不可逆になってしまい、そうすると強迫症状も不可逆になってしまう、ということは考えられます。
もしくは、強迫症状が脳機能を異常にしているタイプの人もいれば、脳機能の異常が強迫症状を出しているタイプの人もいて、前者はある程度は軽症化できるが、後者のタイプはまだ治療方法が無いという考えもできます。
持って生まれた脳機能的な弱さが原因という場合も治し難いはずです。

強迫性障害というのは、1つの病名でいろんなタイプの病状の人がいる病気です。
自分の症状を、こだわってしまうと自覚する人もいれば、こだわっているわけではないと自覚する人もいます。
かゆくないのに、同じ場所を何度も掻いていたら、こだわりに思えますが、かゆい場所を何度も掻くのは、こだわりではありません。
前者は強迫観念が弱いタイプ(強迫行為主体型)で、後者は強迫観念主体型です。

強迫性パーソナリティ障害の人は、通常、強迫観念ではなく、完璧主義的なこだわりによって症状が出ますから、強迫性障害を併存した場合も、強迫行為主体型になります。
パーソナリティ障害というぐらいなので、自発的な考え方や行動の癖など、性格的な問題で強迫性障害になっている傾向が強いわけです。
強迫行為主体型の人の心はそんなに病んでいないので、人との共同生活などもなんとかできるし、症状も訓練である程度は治せるはずです。

強迫観念主体型のほうが精神的な病みが強く、その強迫観念は何日、何年待とうが弱まるケハイを見せません。
それだと待っている時間を無駄にするよりは、一時的にでも強迫行為をして解消したほうが効率がいいのです。
このようなタイプは嫌な考えや嫌な記憶などで頭が一杯になっていて、頭の中だけでもそれらを振り払うことをしているし、日常生活の中でも強迫行為をしないといけないのですが、多くの場合、抑うつ症状があり、ひきこもりがちでネガティヴなので、回避が多くなります。
複雑で重い病態になりやすく、うつ病を併存しますが、はっきりした強迫観念や妄想的思考が頭の中に繰り返し浮かびますから、並みのうつ病よりも精神は病んでいます。
普通のうつ病と違って、強迫性障害強迫症状がある限り、抑うつ、憂鬱がずっと続きますから、精神病様の状態にもなり得ます。


強迫性パーソナリティ障害の強迫症

こうしなければならない、ああしなければならない、こうでないといけない、こうするべきだ、そういうのは、ある意味、強迫的な意志とは思えますが、強迫性障害的な強迫観念ではないのです。

強迫性障害は、ルール作りをして、それに従わないといけないというこだわりの病気ではありません。

それは、病的な完璧主義である強迫性パーソナリティ障害の症状です。
もしくは、自閉スペクトラム症や統合失調的なこだわりの可能性もあります。

完璧主義として清潔でなくてはいけない人は、不潔な状態を嫌悪しますが、その前に、清潔でなくてはいけないというルールがあって、そのルールを守れないことに恐怖するわけです。

強迫性障害の場合は、先手に(強迫行為の前段階として)不潔な状態への強い嫌悪を伴う強迫観念(強迫的イメージ)があり、それをなくすために洗浄などの強迫行為をしますが、そういうルールを作っているわけでもないし、こだわってそうしているわけでもないのです。
結果的にはそうなっているようには見えますが、単にストレス耐性が低く嫌なことが耐えられないので、そうするしかなくなってしまうのです。

違和感や刺激に弱いと不快なことほど気になって頭から離れなくなります。
嫌なことがいつまでも残るので、嫌なことがあった場所を見るとその記憶が強迫観念として浮かんで再生されます。
例えばAという言葉に嫌悪反応が出る人が、Bという場所で他人の会話によりAという言葉を聞いたとします。
そうすると、そのことが頭から離れずに、Bという場所にAという言葉が(強迫的イメージとして)とどまってしまう。
汚染恐怖のある人は、Bという場所にAという言葉がとどまることで、Bという場所がAに汚染されたという強迫的イメージが浮かび、そこにいた自分も汚されるので、全身洗浄したり、身に付いていた物を捨てたり、それ以降、その場所を避けずにはいられなくなります。

こういった強迫的イメージが強迫性障害的な強迫観念で、それは他人の咳であったり、なんらかの汚い物であったり、未来的な不安であったり、トラウマ的な記憶であったり、その嫌なイメージが、強迫行為に繋がります。
場合によっては、妄想的思考にもなりますが、自分の頭の中だけのイメージであることが自覚できていますから、統合失調的な症状にはなりません。
ただ、そのイメージは本人にとっては現実的(通常は実際に現実との関わりが強い)ので、現実的な強迫行為により解消するしかないのです。

強迫行為は、たしかに、社会的には非効率で非生産的、時間の無駄、役に立たないという意味で、不合理なことをするのですが、本人的には嫌なことを解消するためにしているのですから、無意味な行為ではありませんし、無意味なことをしているとは思いません。

強迫性パーソナリティ障害の強迫症状は、強迫観念が強いというより「こうでなくてはいけない」という強迫的な意志に基づく症状です。
なので、不潔恐怖にしても強迫性パーソナリティ障害の傾向の強い人は、そんなに汚くないのに、本当は汚れてないのに、などと思いながら完璧に洗浄しないといけないので、無意味な行為に思えるのです。

強迫性障害は強迫行為をしたくてしているのではありません。そうするしかないからしているのです。
例えば、整理整頓しないと気が済まない場合に、本当に強迫観念があるのか?それとも完璧主義なのか、それとも違和感に弱いなどの強迫感覚があるのか?それとも意味もなく整理整頓したいのか、それとも整理整頓した時の気分の良さを求めているのか?したくてしているわけではないのか?
そうした動機も考えないといけないのですが、強迫行為的に思える症状があれば、ほとんどは強迫性障害に含まれているのが現状です。

強迫性障害でも強迫観念として不完全恐怖の強い人は、完全強迫、完璧強迫へと向かいますから、強迫性パーソナリティ障害と区別するのが難しいかもしれませんが、強迫症状以外の社会的、日常的なことでも完璧主義の傾向が見られれば、強迫性パーソナリティ障害の可能性が強いです。

現代では、強迫性パーソナリティ障害も、強迫性障害として扱われることが多くなり、その分、治せるようになったということになったのですが、強迫観念は治療に抵抗する性質があるので、本当の強迫性障害は昔も今も軽症化することは困難です。

逆に言うと、強迫性パーソナリティ障害になれば治しやすくできるし、完璧主義を社会的に役立たせることも(実力があれば)可能になります。
ところが、強迫症状による抑うつが強いと、何かを完璧にやろうとする気力もないので、重い強迫性障害の人は完璧主義にはなれません。
完璧を求めていないのに、強迫行為はできる限り徹底しないといけない。これが強迫性障害の苦しみです。
強迫性パーソナリティ障害の人は完璧を求め、それが得られないことに苦しみます。

社会的な能力のなさは社会では何の役にも立ちませんが、社会的でない範囲であれば、何かできることもあるはずで、そこで生きるしかありません。


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