強迫性障害の全貌

強迫性障害の知識の普及 Link Free

強迫観念と妄想の違い

強迫観念・・・意に反して思い浮かぶ嫌な思い。妄想的であっても、ある程度、現実との結び付きがある。

それが自分個人の中にあり、他の人にはそう思えないことが分かっている。

意に反して思い浮かぶ嫌な思いなので、自分の意志だけではコントロールが困難。

強迫観念を緩和、解消するための何らかの行為(洗浄など)を行わずにいられない。この行為は強迫行為と呼ばれる。

強迫観念は何度も起こり度々強まるので、強迫行為も繰り返される。

自分の思いと、強迫観念が対立することで、葛藤に苦しむが、自分の主観が消えることはなく、自分がどういう状態なのか、自分で把握できる。

もし妄想のような思いがあれば、そのことも自分で分かるので、思考や言葉の統合性を失うことはない。

 

妄想・・・現実との関連性が極めて低い突飛な思いを、現実だと思っているか、現実なのか何なのか分からないが、その思いを否定できない。

その妄想があるために、思考や言葉に統合性がなくなって、支離滅裂になったり、人との会話が正常にできなくなったりすると、統合失調状態と考えられる。

 

強迫観念か妄想かで、症状が違い、病名も変わるが、強迫観念は妄想よりも苦しみが軽いということではないし、強迫性障害は、統合失調症よりも苦しまないということでもない。

どちらも重症であれば、その苦しみ、障害度も強いが、強迫性障害の場合は、どんなに重症でも、ある程度まともな自分があり続ける。

統合失調症の場合は、その「まともな自分」がまともでなくなっている状態なので、重症の場合は、一般社会にはいられない。

 

強迫性障害も重症の場合は、一般社会に適応できないが、汚染や感染、不潔などの恐怖感が重症だと、大きな病院に近付いたりもできないので、治療しないまま、ひきこもりがちになりやすい。

ただ、それでも人は本能的に生きようとするので、そんな人達がどう生きるべきかなどをここで今後提案したい。

 

強迫性障害といっても、症状はいろいろであるが、ここでは主に、汚染や感染、不潔などの強迫症状(それらの強迫観念と回避、洗浄などの行為)がある人を想定して書いていきます。

 

軽い症状の人向けではなく、公共の場のものがほとんど何も触れなくて、人と接触できずに、誰とも共同生活できなくて、友達もいなくて、もちろん結婚もできなくて、しかもほとんど一生治らないような重症の人向けです。

もしくは、そういうレベルの強迫性障害についての知識を得たい人向けです。

 

例えば、実際に触っていなくても、嫌悪感の強いものを見ると、洗浄しないといけないという場合、悪いニュースや報道記事を見ると、そうしないといけなくなったり、トラウマに関連する物事を見聞きすると、洗浄しないといけないとか、嫌な言葉で汚れるので、人とまともに会話できないとか。

そういう、情報による汚染や、トラウマ汚染などについてもお話します。